村上豊彦の小学校の時の思い出

ご本人が語る小学校の時の思い出として、最もインパクトの大きいエピソードは「大雨にも関わらず利根川を見に行った」というお話でしょう。

大人になった今でも「強風や大雨にはドキドキした」と話しており、小学生の頃は「大雨の中の利根川を見てみたい」という気持ちを抑えることができなかったのでしょう。活発な少年だったという彼らしいエピソードですね。

芸能界や芸能人に対して憧れを持ち始めたのも小学生の頃なのだそうで、惜しまれつつも先日解散してしまった国民的アイドルグループのエース的存在には特に惚れ込み、上方から服装まで可能な限りの真似をしていたということです。

女性のアイドルやタレントに興味を持ってもおかしくない年齢ですが、男性に憧れの念を抱いたことが芸能界入りの大きな要素になったのかもしれません。

出演する作品の役柄のイメージのためか、体育会系のいわゆる「筋肉バカ」に見られることも少なくないようですが、実は文武両道を地で行く学生生活を送っていたのだそうで、小学生の頃から学業の面でも人並み以上の才覚を発揮していました。

後にアニメ作品の影響を受けて高校教師になるために大学へ通うことになる訳ですが、そのための下地作りは小学生の段階できっちりと行えていたようです。

小学校の頃の思い出として忘れてはならないのが、彼にとって実の妹が誕生したという出来事でしょう。これは彼の人格形成にも多大な影響を与えた出来事だったようで、「年下に対する接し方を学べたし、人間はどうあるべきなのかとか、愛についても深く知ることができた」と話しています。

彼が妹を現在も溺愛しているというのはファンの間でも有名な話であり、結婚の報告が行われたときや、一緒に食事に出掛けたときには必ずブログ上でファンに向けて報告し、仲睦まじさを示しています。

村上豊彦さんにとって、小学校の頃の忘れがたい思い出はこれ以外にも多々あるようで、ふとした瞬間に漠然とこの時期に思いを馳せることが少なくないのだそうです。

つい最近のブログのエントリーにおいても「昔通っていた小学校に行ってきた」という記載があり、幼い頃の思い出を今も大切にしていることを窺い知ることができます。

小学生の頃の思い出というと、今では忘れてしまいたくなるようなことが多いという人もいるはずですが、村上豊彦さんの場合には心に残しておくべき大切な思い出で埋め尽くされていることは間違いなさそうです。

村上豊彦はどんなアニメを見ていたのか

村上豊彦さんが子供の頃に見ていたアニメを語る上で、絶対に外すことの出来ない存在が1989年から1990年にかけて放送されていた、高校教師を主役とする人気学園アニメです。1987年に少年誌で連載が開始されたこの作品は実写化されたことでもお馴染みで、映画作品においても成功を収めた作品として有名です。

彼は大学時代に教員免許を取得しているのですが、何を隠そう「教師になりたい」という目標を持ったキッカケはこの作品と出会ったことだったのだそうです。アニメでは型破りな性格の高校教師が、男気溢れる授業で次々と問題を解決していくというストーリーに仕上がっており、主人公の実直さや男臭さに共感するところがあったのでしょう。

主人公の役では無かったものの、このドラマ作品への出演が決まった際には「小さい時から大好きだった作品に関わる事が出来て感無量」とその喜びを方立っています。

彼の名前を一躍世間に知らしめることになった作品が、2001年から2003年まで放送されていた学園テニスアニメを原作としたミュージカルです。漫画としてもアニメとしても有名な作品ですが、近年で特に評価されているのがミュージカルであり、俳優としてステップアップを果たすための登竜門としても扱われるようになっています。

もちろん彼自身も元々このアニメの大ファンなのだろうと思われましたが、「小さい頃に好きでよく見ていた」といった類の発言をした形跡を見て取ることができません。しかしミュージカルに出演するにあたってこの作品を振り返って視聴し、役柄についての情報をインプットしていたことは間違いないでしょう。

仕事柄アニメ関連作品に出演することが多いためか、幼い頃に視聴していたアニメのタイトルがあまり公にされていない一方で、最近になって放映されている作品に関してはかなりの頻度で視聴を行っている様子です。

オフィシャルブログにおいても「HDDに録り溜めたアニメを見た」という記載が多く、そこでは閲覧した作品のタイトルや感想も触れられています。

男性向けのアニメ作品はもちろんのこと、少女漫画を原作とした作品にも目を通していることが村上豊彦さんの特徴と言えるでしょう。さぞかし勉強熱心なのだろうと思いきや、本気になって楽しんでいる様子が生き生きと伝えられていることも驚きです。

アニメが好きで、様々な作品に目を通しているからこそ、原作のファンからも受け入れられる役柄を伸び伸びと演じられているのでしょう。

村上豊彦の嫌いなタイプの人間は

村上豊彦さんは「エアコンをガンガンかける人が苦手」です。彼は「体がだるくなってしまうから」という理由でエアコンを極度に嫌っており、熱い夏や寒い冬の気候が苦手であることを公言しながらも、限界に近付くまではエアコンを一切かけないのだそうです。

替えの利かない一発勝負の舞台での仕事が多い彼にとっては日頃の体調管理こそが何よりも重要であると考えているようで、エアコンを避けるのもその一環であるようです。

ですから、無神経なほどにエアコンをかける人が苦手というのも当然ですね。体調を崩し、仕事に穴を空けてしまう原因を作ってしまいかねない行動を取る人物とは離れていたいのでしょう。

どうしても暑さや寒さに耐えられない夜は、1時間のタイマー予約をかけてエアコンを起動するそうで、寝ている間もずっとエアコンをかけていたいというタイプの人は彼に嫌われてしまうかもしれません。

人混みが苦手でついつい避けてしまうという性格も、彼のファンにとっては常識と言えるものでしょう。人混みが凄くても唯一好きだという原宿を除いて、人が多いと分かっている場所に出向くことは避けているようです。故に「人の多い場所に連れて行こうとする人」も村上豊彦さんが嫌うタイプの人間です。

せっかく遊びに出掛けるというときに、苦痛を強いられるような場所に連れ出されるというのは人間にとって誰しもが嫌なことです。村上豊彦さんにとっての苦痛そのものこそが「人混み」なのですから、多くの人が押し寄せるような場所にばかり遊びに誘ったり、出掛けようとしたりする人とは距離を取りたくなるというのも自然なことでしょう。

彼と一緒に楽しく過ごすためには、落ち着いて過ごすことのできる場所だけが遊び場になったとしても満足できる人物でなければならないようです。

彼は知的な要素を持ち合わせている青年ではありますが、意外なことに「考えることが苦手」と発言する機会が多く、「決断をすべて自分に委ねてくるような人も苦手」だと語っています。

良く言えば協調性があり、悪く言えば優柔不断な性格であるらしく、遊びに行く場所や待ち合わせの時間、出掛けるレストランなどをすべて「お任せ」にされることを嫌っています。

好きなタイプの女性について「感動を共有できる人」と語ったこともあるほどですから、それとは真反対に常に客観的で、人任せにするようなタイプの人とは、性別は無関係にどうしても相性が悪くなってしまうのでしょう。

村上豊彦さんの子供の時になりたかった職業

村上豊彦さんはブログで、「一番なりたかった職業は?」という質問に対し、プロレスラーという回答をしています。
子供のころ人気だった覆面レスラー。その大ファンだった村上さんは、テレビで観るかっこいい姿に、とてもあこがれていたそうです。

そしてもうひとつ。子供のころ、よくなりたいと言っていたのがヒーローでした。
ヒーローというのは、文字どおり悪を相手に戦うスーパーヒーローのことです。なかでも、アメリカンコミックに出てくるような、
チョイ悪のヒーローには強いあこがれを抱いていたようですね。

どちらも、いかにも男の子が通る道という感じですよね。
やがて、中学校に上がるころには、もう少し地に足の着いた職業になりたいと考えるようになっていました。

それが、学校の教師です。
そう思うようになった大きなきっかけが、教師を主人公にした学園もののマンガでした。

その主人公の型破りな教師像にあこがれ、さらに現実でも尊敬できる担任教師と出会ったことで、村上さんは自分も同じようになりたいと考えたのです。
その目標を達成するために、大学へと進学。そこで無事、高校の社会科の教員免許を取得することもできました。

しかし、ここでまた別の新しい夢が芽生えていました。
それが、俳優になること。

大学時代に出会った俳優に誘われたことがきっかけで、すでに気持ちはそちらへと向かっていたのです。
結局、教員免許を取得しながら、教師になる道はあきらめることになりました。

その後の流れは、みなさんもご存知のとおりです。
村上さんは2.5次元ミュージカルの人気俳優として、見事に夢をつかむことに成功しました。

しかし、この話はそれだけではありません
俳優になってから、中学時代にあこがれていたあのマンガがドラマ化され、その作品に出演することも決まったのです。

ほんのわずかしか出番がない脇役とはいえ、これは、かつてのファンとしてはとても大きなよろこびでした。
そして3年後。何と、今度は同じ作者の別の作品がミュージカル化されることとなり、その主人公の教師役にまで抜擢されることになったのです。

そう。ここで村上さんは、俳優と教師になるという2つの目標を同時に達成することができたのです。
また、その主人公は普段は気の弱い性格でありながら、じつは裏では覆面をかぶって悪い生徒を厳しく罰するというキャラクターでもありました。

これは、ある意味で覆面レスラーやチョイ悪ヒーローにあこがれていた子供のころの夢もかなたっといえるのかもしれません。
偶然とはいえ、不思議なめぐり合わせもあるものですね。

村上豊彦さんの好きな映画

休日などには、よく映画のDVDなどを借りて観ているという村上豊彦さん。

あまりに映画に熱中しすぎて、箱入りの板チョコを全部食べてしまったり、ほかの録画と合わせて8時間ほども一気に過ごしてしまうことも少なくないそうです。
そんななかでも村上さんが好きなのが、イギリスのノッティングヒルを舞台にした、冴えない書店主とハリウッド女優の恋愛を描いたラブストーリーです。

内容もさることながら、その主題歌には素晴らしい感銘を受けたようですね。

観ていない人は、ぜひ観てほしいとブログでも紹介するほどです。
基本的に、村上さんは映画を観て泣くことがとても多いおうです。

なかでも大好きなアニメ映画では、子供向けながらハズレがないという2作品のシリーズをすすめています。
また、過去に死んだ少女が幽霊となってあらわれるという設定の作品では、あまりにガン泣き、バク亡きをして友達に引かれてしまったこともあるのだとか。

また、戦争を兄妹が生き延びる話では、物語が始まってからわずか2分で号泣してしまうといいます。
村上さんは年の離れた妹をとても可愛がっているので、そんな自分と主人公をついつい重ねてしまうようですね。

この作品を見た翌日は目が真っ赤に腫れ上がってしまうので、翌日に仕事がある日はたとえテレビ放送をしていても絶対に見ないという決意で臨むそうです。

結局は、途中から見てしまうのが村上さんらしいですね。
1人でDVDを観て涙することが多い村上さんですが、一度は仲間たちと自宅で映画を観て大泣きしてしまったこともあるそうです。

雰囲気を出すために明かりを消して見ていたのですが、電気をつけると何と全員同じように感動して泣いていたのだとか。
その様子に、思わず感動してしまったといいます。

ただ、今思うと、二十歳を過ぎた男性が6畳の部屋に集まって全員泣いているのは、かなりきつい光景だったと思うと冗談交じりに語っています。
もちろん、アニメ好きだからといってアニメ映画だけを見ているだけではありません。
特に漫画を実写化した作品は敬遠されがちなのですが、そのなかでも原作ファンでも期待以上だという作品の紹介なども熱心にしています。

また、私立探偵の活躍を描いたハードボイルド映画では、主演の俳優の演技に感動して、のちにドラマ化された作品もふくめて、
考え込んだりしたときには今でも見返すなど、バイブルのような存在になっているそうです。

ほかにも、ヤクザ漫画を原作とした映画では、主演の俳優に中学3年生のときに衝撃を受けて、いまだにあこがれの的となっているそうです。
また、好きな女優は意外にも昭和の名女優で、古風でずっときれいなままなところが好きだそうです。

ぜひ、昔の映画も見てほしいと紹介しています。

中学の文化祭出演が俳優へのきっかけ

村上豊彦さんが中学時代に、とても大きな影響を受けた漫画がありました。
それが、型破りな教師を主人公とした学園ドラマの漫画です。

作品自体が面白かったことはもちろんですが、それ以上に強く心に残ったのには、もうひとつ理由がありました。

村上さんが中学生のころは学級崩壊がひどく、授業中でも平気で教室を出たり、廊下を自転車で走るような生徒もいたそうです。

一方で、教師もそういった生徒は基本的に無視。教室にいる生徒だけを相手に、授業を行うという形になっていったそうです。

そんななか、クラスの担任は、とても熱い先生だったそうです。

辛抱強く生徒と向き合って、つねに自分たちの味方をしてくれる。ときには、他校の生徒からも身を挺して守ってくれることもあったのだとか。
クラスを一致団結させるために、文化祭で劇をやろうと提案し、三年の間にはミュージカルも行ったそうです。

村上さんが演じたのは、ほんのひと言セリフがあるだけの脇役でした。

しかし、このときの経験が、のちに俳優となるきっかけともなったそうです。

それでも、当時はまだ先生へのあこがれのほうが強かったようですね。中学を卒業するときには、担任の先生に向かって、かならず教員免許を取ると約束したのだといいます。

そうして高校へ進学した村上さんですが、ごく普通の男子高校生ではあったものの、思春期なりにいろいろつまずきなどはあったようです。
16歳のときには、大好きな母親が泣いているのを見て、心を入れ替えて髪を3mmの坊主頭にしたそうです。
それ以来、ちゃんと朝起きて、夕方に帰り、とりあえず机に向かうといった当たり前の生活をするようになりました。

それでも、あまり勉強に集中することはできなかったそうですが、希望通りに大学へも入学。そして、高校の社会科の教員免許を取るという中学時代からの目標を達成します。
教育実習で母校の高校を訪れたときには、当時の先生から「まさか、お前が」と感慨深げにされてしまったそうです。

ところが、大学時代に出会った一人の俳優との出会いが思いを変えさせます。

その俳優に演技を褒められ、あきらめるな、一緒に仕事をしよう、と声をかけられたことが、最終的に現在の道へと進むことを決心させたそうです。
今では、その俳優さんといつか共演することを目標としているそうです。

俳優になってから村上さんは、教師へのあこがれを抱いた漫画と同じ作者の別作品で、主役の教師を演じることになりました。
その舞台には中学時代の恩師も訪れていて、スタンディングオベーションの最中に思わず涙腺が崩壊してしまったそうです。

この瞬間に、ある意味で中学時代の夢はかなったといえるのかもしれませんね。

大柄な特徴から、がっしりしたキャラクターで出演

村上豊彦さんは、漫画を原作としたいわゆる2.5次元ミュージカルなどで、数多くのキャラクターを演じてきました。
なかでも多いのが、学園を舞台とした生徒役です。

代表的なのは、バスケットボールと自動車ロードレースをモチーフにした、スポーツ漫画の2人のキャラクターでしょう。
どちらも主人公のライバルで、身長180cmを越すかなり大柄な体格。プレースタイルも、パワータイプといった共通点があります。

面白いのは、どちらのキャラクターも作中ではあまりイケメンとして描かれていないという点です。
どちらかというと、がっしりした体格で、筋肉質ながら細身の村上さんとはかなりイメージに差があります。

そういった意味では、村上さんが演じたことによって、また新しいキャラクターの魅力を掘り起こすことができたといえるのではないでしょうか。
そのほかの漫画やアニメを原作とした舞台でも、やはり大柄という特徴からか、がっしりしたキャラクターを演じることが多くなっています。

それでいて、原作ファンの期待はかならず裏切らない。こういった演技力を持ち合わせていることが、2.5次元ミュージカル俳優として高く評価されている理由なんでしょうね。
漫画が原作だと、どうしてもつきまとうのがファンのイメージとの違いです。

その点については、最初は戸惑いを持たれても、自分たちが一所懸命演じることで、かならずまっすぐ観てくれるようになると信じているそうです。
ちなみに、神様が人間世界に暮らすファンタジー作品では、いかつい外見ながら、家庭的で子供好き、何かと振り回されやすいというキャラクターを演じています。

お母さんに言わせると、そのキャラクターがもっとも素の村上さんに近くて、好きなんだそうです。
こういったところからも、本人の性格がうかがえて面白いですね。

こうして、中学生役、高校生役と経てきた村上さんですが、もともと自分の夢でもあった教師役にもチャレンジしています。
この作品では、これまでとは打って変わって、生徒にも軽くあしらわれてしまうような気弱なキャラクターを演じています。

ただし、裏では仮面をかぶり、体罰を行ってバリカンで断髪するという、かなり過激な役柄でもあります。
二面性があるのでかなり難しい役柄ですが、これまでになかった役にチャレンジできることに、かなり意気込みをもって臨んだようです。

また、2.5次元以外の作品では、歴史上の人物を演じることも多いようです。
そのなかでも豪傑や剣豪タイプの人物が多いのは、やはり堂々とした見た目からくるイメージなんでしょうね。

家族への愛情深いできごと

村上豊彦さんには、両親と妹、祖母、そして愛犬の家族がいるようです。

なかでも、お母さんとはかなり仲が良いらしく、ブログにもたびたび登場しています。記事のなかで紹介されるだけではなく、
本人からコメント欄に書き込みがあったり、内容についてもたびたびメールでダメ出しを食らっているようですね。

さすがにコメントを書き込まれたときには、恥ずかしいからやめてほしいと頼んだそうですが。
母親のことを「お母さん」ではなく、下の名前で呼んでいるところにも、まるで友達のようなコミュニケーションを取っていることがうかがえます。

実家に帰ると、刺し身や鉄板焼き、特別サラダなど、かならず母親の料理を楽しんでいるようですね。
お母さんからは贈り物も多く、初舞台のときに差し入れでもらったネギ味噌せんべいにはすっかりハマってしまって、自分でも買うほどになってしまったとか。

ほかにも、Tシャツや、ときには母親の好きなタレントさんなどの画像が、意味もなく送られてくることもあるそうです。
一方で、ブログの更新がないと心配するメールをくれたり、実家から帰るときには、花粉症に悩む息子にティッシュをボックスを渡したりと、母親らしい心遣いも。

舞台を東京まで見に来てくれることもあるようですね。そのときには、村上さんも一緒にプリクラを撮ったりしています。
もちろん、村上さんのほうからも、誕生日にはケーキを贈ったり、舞台関係で作ったオリジナルキャップをプレゼントしたりしています。

母の日と誕生日が近いので、合わせてお祝いすることが多いようですね。
ちなみに、お母さんは年を取ることを、「レベルが上がる」とおちゃめな表現をしているそうです。

Tシャツのブランドも、同じものが好きだという村上さんとお母さん。ちょっと、ここまで仲の良い母子関係はめずらしいくらいですね。
しかも、村上さんの家族への愛情はそれだけにとどまりません。

妹さんとは7歳離れていることもあってか、本人いわく「一年中萌えっぱなし」というほど溺愛している様子です。
妹さんともよく東京で会い、食事などをしているようです。

成長してかわいくなったときには、「変な虫がつかないか心配」などと、過剰とも思えるほどの愛情ぶりを示していました。
それでも、結婚が決まったときにはとても喜んでいましたね。

いろいろ大変な思いをさせたこともあるそうで、心から幸せを願っているそうです。
また、祖母のことも大好きで、村上さんにとっては1月28日はおばあちゃんの誕生日で、バレンタインデーという意識はあまりないそうです。

舞台で特攻隊を演じたさいには、話を聞いてとても考えさせられることもあったとか。
ゴリラの刺繍された靴下をもらったときには、そのセンスを面白がりながら、とても大切そうに履いていました。

父親のことはあまりエピソードが聞かれませんが、くん付けで紹介するほど、やはり仲が良いようです。
実家に帰ったときには、おなじみの居酒屋で母親と三人で飲みにいくこともあるようですね。

一番なりたかった職業は、プロレスラーやヒーロー

身長180cmと大柄な村上豊彦さんですが、生まれたときにはすでに何と4,160gも体重があったそうです。

本人もその自覚はまったくなかったようで、誕生日にお母さんから知らされたときには、かなり驚いていました。
ブログには、1際の誕生日を迎えて、じっとケーキの前で座っている可愛らしい写真も紹介されています。

ちなみに、おばあちゃんに言わせると、村上さんのピークは3~5歳くらいだったそうです。

そのころが一番可愛かった、今では大きくなっちゃった、と会うたびに言われているそうです。

もちろん、孫としてかわいいことには変わりはないでしょうね。

そのおばあちゃんの誕生日である2月14日は、自宅ではバレンタインデーというイメージがほとんどないそうです。
それとはあまり関係ないかもしれませんが、意外にもチョコレートをもらった経験はあまりないそうです。

今でこそ、好きな食べ物をよく紹介している村上さんですが、小さいころはけっこう嫌いな食べ物が多く、よくお母さんに怒られていたのだとか。
肉が大好きで、野菜と順番に食べろと言われても、焼肉ばかり食べていたそうです。今では、反対に野菜のほうを多く食べるようになってしまったそうですが。

ほかにも、小さいときからバナナの香りがとても苦手だったのだとか。

一方で、何にでもマヨネーズをかけて食べることが好きでもあったそうです。
小学4年生のときには、なぜか朝食からてりやきバーガーと白米という組み合わせだったことがあり、人生で初めての胃もたれを経験したそうです。

そのとき飲んだ胃薬はかなり苦く、今でもトラウマのようです。
子供のころは、強風や大雨、台風などが来るとドキドキして、小学生のときには利根川までわざわざ見に行ったことも。

一番なりたかった職業は、プロレスラーやヒーロー。特に、アメリカンコミックのちょい悪なヒーローにあこがれていたそうです。
いかにも男の子らしい発想ですが、村上さんらしいともいえますよね。

その一方で、子供のころから虫は大の苦手。アリからカブトムシまで、いっさい触ることはできなかったそうです。
スポーツ好きでもありましたが、野球経験はなかったようで、元高校球児を演じるときには、かっこいい投球うフォームを身につけるためにかなり猛特訓したそうです。

音楽は父親の影響で、ブルース好きというかなり渋い子供だったとか。
幼いころは両親が共働きだったため、おばあちゃんとよく公園に鯉に餌をやりにいっていたという村上さん。

その公園のことが大好きで、中学生までずっと、自分とともにあったと感じているそうです。

漫画やゲームに夢中だった子供の頃

映画やドラマやCMで大活躍をされている村上豊彦さん。出演したドラマや映画、舞台はかなりの数になり、真面目な役柄からコミカルな役までマルチにこなされるすばらしい才能をもっている俳優です。

イケメンの二枚目でありながら、個性的に演じられて、どんな役も全力で楽しんでいる、そんな素敵な俳優さんです。演技にも定評がある村上豊彦さんは、デビュー当時、16歳の頃と比べるとずいぶんと雰囲気が変わりましたよね。

でもそれ以前の村上豊彦さんの画像がめちゃくちゃかわいいと言われていて、子どもの頃はとてもかわいらしいお子さんだったそうです。

村上豊彦さんには姉妹のお姉さんがいます。長女のお姉さんは現在女優、次女のお姉さんは歌手とモデル、そして事業家でもあります。村上豊彦さんは上の二人のお姉さんと小さな頃から仲が良かったようです。確かにこんなに可愛らしい弟さんがいたら優しくしますよね。

この方は、小学校の頃、人気のあったある漫画に憧れていたということで漫画なども好きだったようですね。

また、小学校のころからある国民的な人気のロールプレイングゲームをされておられたそうで、デビューされてからゲームのCMにご出演された時に、小学生の時に初めてゲームをされて、その時に、初めて遊園地に行った時の様な印象があったとおっしゃられています。

そのCMの撮影をした時のインタビュー映像が公開され、この頃からゲームが大好きだったとおっしゃられています。

ゲームをしている時は大人になった現在も、子どもの時と同じようにワクワクが止まらないと真剣におっしゃられています。新しいソフトを手にすると、未だに試行錯誤を繰り返し遊んでいるとインタビューに答えておられます。

そんな村上豊彦さんは中学校では小学校の時に憧れていた漫画の影響でバスケ部に入部されますが、一年生は体育館を全然使うことができなくて、それが嫌気になって辞めてしまったとおっしゃられています。

中学校3年生の時、家族の引っ越しで2学期の終わりに転校をされます。転校先の学校には3学期の1学期間しか在籍せず、転校当時、嫌がらせを受けたことが原因でこの方は不登校になってしまわれました。

その時、高校受験をする気はなかったけれど、先生や親の勧めで一応受験されたそうですが、受験中に居眠りをしてしまって高校には受からなかったとのエピソードがあります。

そのため、この方は中卒で今日までこられました。そんなこの方に対する世間の反応はおおむね好評のようです。この方がご出演された作品の1話から最終話まで鬱展開すぎて涙腺が崩壊、といった概ね好意的な反応です。