ここだけの話

村上悦栄の苦労した経験についてですが、どういった辛い経験があったのでしょうか。
村上悦栄は、もともと幼いころから、お母さんが映画好きであったことから、映画に興味があり、その世界に憧れを持っていたそうです。
お母さんの影響で、幼稚園にもいかずに映画を見ているような子だったそうです。

小さいころから、芸能界に憧れてはいたのですが、実際に芸能界を目指すとなると、長崎に住んで暮らしていても、どのように目指していいのかわからなく悩んだことがあるようです。
そのあたりで、最初は苦労をしたようですね。

映画俳優になりたいという強い思いはあるけれど、長崎でどのように芸能界を目指せばいいのかわからないという悩みを持っていて、最初は苦労をしていたようです。
そして、20歳までは、長崎でバンドをしていたそうです。

しかし、そのバンドではなかなか芽が出ず、先輩に東京にある料理屋を紹介してもらったそうです。
最初は、こちらの料理屋で、板前として働きながら、芸能界のデビューを目指していたそうです。

前職は板前さんということで、料理が得意になったそうで、イベントのお仕事で、その腕前を披露することもあるようです。
しかし、料理屋の板前の世界も大変厳しく、なぜ自分は上京してきたのだろうとか、何を目指しているのだろうか、と悩んでいて、とてもつらかったそうです。
夢を見失いかけてしまったり、なかなか思うように芸能界のデビューが決まらず、大変不安な思いで苦労をしたそうです。

そこで、板前を止めることにして、その最終日に舞台をしているプロデューサーに声をかけてもらうことができたそうです。
声をかけてもらってからは、トントン拍子に進んだものの、東京に来てなかなか目が出なかったときは特に苦労をしたそうです。
また、役者になってからは、アクションの仕事もたくさんあるのだけれど、本格的にスポーツをしたことがなかったので、その辺りは苦労をしたようです。
インタビューなどでは、テコンドーなどの足技をやっておけばよかった、というような発言も多いです。

中学までしかスポーツをしていなかったので、やっぱりミュージカルとなると、ずっとやってきた人とは筋肉の付き方や動きなども違いますので、
役者を目指すのであれば、やっておけばよかったと後悔をされているそうです。

やっぱりアクションをする際には、そういった下積みがないことから、苦労をしてしまうことが多かったようです。