幼い頃の村上豊彦とは?

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村上豊彦さんは、幼稚園に通っていたころから、すでにキッズモデルとして芸能活動を始めていました。もちろん、そのころは自分の意志でやっていたわけではありません。

たまたま家族が応募したオーディションに合格したため、地元の仙台市でモデル事務所に所属することになったのです。そこから、東京で映画のオーディションなどを受けているうちに、やがて演技の仕事もこなすようになっていったそうです。

本人にとっては、よく分からないまま気がついたら仕事をしていたという感じだったらしく、当たり前かもしれませんが、幼いころはずっと、「やらされている」といった感覚だったようですね。

ちなみに、10歳のときには、有名アイドル事務所のオーディションも受けたことがあるそうです。ただ、残念ながらそのときは惜しくも最終選考まで残りながら、落選してしまったそうです。

もしそこで合格していたら、今とはまったく違うアイドルの村上豊彦さんが見られていたかもしれないと思うと、不思議な感じがしますね。

じつは、このころの村上豊彦さんは、将来の夢を「ギャンブラー」と言っていた時期もあるそうです。まだ小学生に上がったか上がらないかといった子供が、そのような発想を抱くところはさすがですね。ただ、それを選んだ理由自体は何とも子供らしいもので「楽して稼げるから」だったそうです。

現在の村上豊彦さんは、その根性自体もどうかと思うけど、それ以前にギャンブラーはけっして楽に稼いでいるわけじゃないぞ、と自分自身で冷静なツッコミをしていました。

ちなみに、その夢はのちに、漫画の実写化で伝説的ギャンブラーを演じたことで、本当にかなってしまったそうです。

ただ、そんな夢を持っている一方で、お金に対してはかなりしっかりした感覚を持っていた子供だったそうです。といっても、「しっかりしている」というのが、これまた少し普通の子供とは違っています。

たとえば、ほかの友達はお小遣いや貯金を貯めて、何万円まで増やした、といった話をよくしていたそうです。

しかし、幼い村上豊彦さんはそれを横目で見ながら、そのくらいのお金は大人になれば少しバイトするだけで十分に稼げるからと、駄菓子屋で思う存分お金を使っていたそうです。

たしかに、そんな先を見すえた発送は、小さな子供が考えられるような発想じゃありませんよね。子供のころからすでに、現在のクールで知的なキャラクターというのが、すでにできあがっていたようです。

そんなふうに、流されるまま芸能活動を続けていた幼いころの村上豊彦さんですが、今となってはその経験はけっして無駄にはなっていないといいます。

そのころの自分があったからこそ、今の自分がいるという言葉には、たしかに時の重みを感じさせられますね。

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