村上悦栄の人物・経験したこと

村上悦栄さんは1993年2月21日生まれ。大阪府箕面市出身です。

今や、ドラマ、映画に引っ張りだこの村上悦栄はどのような経歴の持ち主なのでしょうか?

三人兄弟の長男として生まれ、とても兄弟仲がいいことでも知られています。
そして、三兄弟とも自宅出産で生まれたそうです。

ご兄弟の顔は似ているわけではないのですが、弟さんが撮った動画で、弟さんがナレーションのようにお兄さんである村上悦栄さんが
今何をしているかと動画の中で話す声が、そっくり。
やっぱり兄弟って似るのですね。

またお父さんは同志社大学在学中に、時代劇役者としてもメディアに出られていました。卒業後は藤沢薬品工業株式会社に就職し、
営業成績はトップクラス。

現在は経営コンサルタントをされていて、会社を設立されています。
村上悦栄さんは、箕面市立第一中学校、大阪府立池田高校卒業。大阪府立池田高校卒業は偏差値64の進学校。
数学が大好きだったため、
将来は早稲田大学に進学したいと思っていたそうです。今よりも少し可愛らしい美少年だったため、
高校時代のモテモテ度合いはハンパではありませんでした。

女子たちはから「王子」と呼ばれ、机の上でつっぷして居眠りをしたりすると、
女子が携帯で写真をパシャパシャ。廊下が女子で埋め尽くされるほどの人気だったと言います。
本人はアメフト部に入部をしていて、
スポーツに打ち込む毎日だったため、騒がれるのが嫌だったようです。

弟さんたちにも優しく、面倒見がいい、怒らないと言われているのを鑑みると、
人柄からにじみ出る優しさ、かっこよさもあったのでしょうね。
村上悦栄さんのオーラは凄まじいものがあったようで、彼の人気は学内だけにはとどまりませんでした。

例えば、大阪の街を歩いてもスカウトされるのは日常茶飯事。けれども、本人は芸能界にデビューすることなど全く眼中になかったため、スカウトされては断るの繰り返しだったそうです。

けれどもある時、彼の中で「自分はどこまで通用するのか?」とふと疑問を抱き、中学2年生のときに運試しのようなつもりで「ジュノンボーイコンテスト」を受け、12人の最終選考に残りました。

そのことがきっかけで今のトップコートに所属することになりました。とても軽いノリで受けたということで、彼の運の強さが垣間みられるエピソードです。

事務所に所属しながらもしっかりと高校生活も続け、アメフトに打ち込んでいた村上悦栄さんは2年目で転機を迎えます。